梅雨明けや猫猫らしく食ふ遊ぶ、0km, 20260723

昨日の、旅についての夢想のつづき。

夢想、なのだが、フィルムを100本買ったら20万円くらいになるわけであって、つい夢から覚めてしまう。その金があれば海外への航空券が買える。国内なら憧れの逗留旅行ができる。

カーゴパンツなんか穿いて、そのポケットをフィルムでいっぱいにして歩くなんて、いまやほんとうに贅沢なことだ。ぼくがバックパッカーをしていた20年以上前、旅先で出会ったYさんはまさにカーゴパンツにフィルムをいっぱいにしていた人だったが、アメリカ1周分のフィルム代が5万円くらいだと、たしか言っていなかったか。母校の購買部で買うから安いのだ、とも言っていたと記憶している。

フィルムの値上がりは仕方がないにしても、結局のところ、大枚をはたく勇気の有無の問題だな。

とりあえず仕事しよう。タスクと支払いが多い。どうなってんだ。ここらでデカい仕事、入らぬものか。デカい仕事が欲しい。いやデカくなくてもいいけど。

車庫証明の取得のために、月極駐車場のオーナーから一筆貰うにも手数料5千円(税別)。まったく賃借人は悲しい、と思う。忌野清志郎も、理由は違えど賃借人の悲哀を歌にしていた。「どっかに気の合うアパートの大家はいねえか」だったか。なんの曲だっけ。

忌野清志郎のことを想うとき、いつも大阪のイバちゃんのことを思い出す。15年かもう少し昔にイバちゃんに借りた忌野清志郎特集の雑誌を返せていないのだ。

イバちゃんはぼくが若い頃に勤めていた職場の同僚の女で、だれからもイバちゃんと呼ばれていた。それで苗字の漢字も、下の名前も思い出せない。知らないのだ。あくまでもイバちゃんだった。関西弁でぼそぼそと話し、ゆっくりと動作するタイプで、あまりはっきりとは笑わず、『ビートルズ・フォー・セール』の頃のジョン・レノン風のマッシュ・ヘアが似合っていた。一見すると暗い。歳はたしかぼくよりいくつか上、いや下だったかも。いずれにしてもいまは四十前後だ。ある日、「大阪に帰るんですう」とか言って東京を去った。あのときのその語り口が、いまも関西のどこかにいるのだろうと思わせる。イバちゃんは東京にまったく合っていなかった。顔や表情ははっきり覚えているから会えば一目で分かるのだが、捜索に役立つ情報はなにも知らない。それはかつての職場の線をぼくがぷっつりと切っているからなのだが。

でもなんとなく、イバちゃんなら見つかりそうな気もする。ぼくがイバちゃんを見分けられるのであって、清志郎の話ができる相手というのもそう多くはないのだから。それにじつはぼくも東京人ぶってはいるが、東京に合っていないのだ。

一言で言えば「君が僕を知ってる」っちゅうやつですわ。

四十になったイバちゃんに会って、雑誌を返し、延滞料として1万円くらい受け取ってもらいたい。まず現金書留で送ったって構わない。もっとよこせと言われたら話し合いだが、申し訳なさは可成りある。なにより謝ることが大事だ。

府中の法務局まで自転車で行って帰る。この暑さでも、風を浴びると爽快。法務局の帰りには気に入りの古書店「銀装堂書店」に寄る。今日も店内は相変わらず整理中で、軒先の棚に並べられた商品が1冊100円の無人販売で売られている。12冊選んで、釣り銭をもらう必要があったから店内に入ると本と木のよい匂いがする。「お釣りをください」と声をかけると「はいはーい」と奥からマダムが出てくる。「こんな日に外で本を探させてしまって、苦行でしょう」「いえいえ、いい本が見つかりますから、つい」「外にはけっこういいのも置いてあるんですよ、でないと店内が片付けられないから、あは」「安すぎます。営業再開が待ち遠しいですねえ」「秋頃にはなんとかとは思っているんですけどねえ」、とのこと。お近くの方は行って、在庫整理に加担してください。

探すか、イバちゃん。
店内がどうにもならなくなっているらしい銀装堂。
店主の口調が「注文の多い料理店」のそれ。
(飼い主最高)