杉本博司の「絶滅写真」を東京国立近代美術館で観てきた。
作品に添えられた「歌」についての悪評はたっぷり耳に届いていた。それでも、肝心なのは写真のプリントであって、「歌」は気にするほどのことでもないだろうと高を括っていたのだ。ところが、ほんとうに「歌」がひどかった。ムカムカして、プリントを見るどころではない。ざっと展示室を歩いて、途中からは「歌」をなるべく見ないようにして、それでも怖いもの見たさで見てしまうのだが、胸の内で「さらば杉本博司よ」と呟きながら、さっさと出た。作者に対してこんなに腹の立つ展示というのも記憶にない。
展示の冒頭で杉本は、それが狂歌であることを宣言している。ご丁寧に「素遁卿」という狂名まで名乗っている。であるから真っ先に思うのは、「権威の破壊」のような狙いがあって悪ふざけをしているのか、ということだが、そうだとしても、その狂歌は文法があまりにも滅茶苦茶で、読めたものではない。語彙も表現も稚拙だし、古語の助詞の使い方もまったくだめ。近くで観ていた中年のカップルが「これって関西弁?」と話していたのには笑わせてもらった。せいぜい親父ギャグである。狂歌と言っては、狂歌に失礼である。狂歌師があれを読めばぼくより怒るはずだ。
だいたい、もし、狂歌と断ることでそれを予防線として用いているのであれば、卑怯である。芸術家ならそんなことは分かるはずだ。
と、腹を立てて、ぼくのように杉本博司に期待していた人間を裏切ることが作者の意図だとしたら、ぼくは模範的な来場客ということになる。そのことにやはり腹が立つ。
それに杉本は、自身の写真家としてのキャリアは写真を芸術に高めること、が動機だったと、そのような意味のことを最初の展示室で開陳していた。その意気込みは大いに結構だが、写真の価値を高めてきたのも、またその価値を解体しようと試みたのも、決して杉本一人の仕事ではない。まったくもって独善的なのである。一人で始めて、一人で終わらせた、と言いたいのか?
「ひとりよがりなおっさんだな」これがぼくが抱いた感想である。
早々に企画展を出て、コレクション展に逃げ込んだ。するとそこにも杉本の作品の別バージョンのプリントが展示されてある。サイズもずいぶん小さく、これくらいがちょうどよいと思えた。すこし穏やかな気持ちでプリントを観た。展示室の隅に「スギモトノート」と題した制作の過程が書かれたノートのレプリカが置いてあった。そこまでして写真術の終わりとしたいのか。呆れる。無論、見なかった。
美術館をあとにして、パレスサイドビルの中でコーヒーを飲んで長い時間を過ごした。作りのよいビルだ。
新宿の世界堂に寄ってケント紙を新調して、気持ちもすっきりした。
10キロのジョグ。雨は酸素であった。




