髭を剃りたくなることが年に一度ぐらいある、という気がする。まさに昨日・今日あたりがそうで、カミソリの替え刃とシェービング・ジェルを買ってきた。
駅前のドラッグストアでは、替え刃の4個入りの在庫がないと、レジで告げられた。万引き対策のために商品はバック・ヤードに隠されているのだ。若い女の店員は「8個入りならあったのですが」と商品を差し出す。それで仕方がなく8個入りを買った。5千円もした。4個入りと比べると倍近い金額差である。手痛い出費であったが、経済はこのようにして余計に回る。いますぐ髭を剃りたいと思っている男がいる、レジでの会計中に判断を迫られる、そうなればやはり買うしかないだろう。ネットで買えばよかったとか、角のセブンで買えたかもとか、明日ホームセンターで猫の砂と一緒に買えばよかったかとか、そんなことを帰り道に考えても、すべて手おくれである。替え刃を8個使いきるまでに何年掛かるかわかったものではない。
いっそのこと毎日剃ろうかしら、それとも、レジの前で「あ、いっかい考えます」と冷静に言える人間になればいいかしら、どうもわからない。
春だから髭を剃りたくなるのではないか、と仮説を立てる。冬のあいだは乾燥して、まさか素肌にカミソリをあてることなど考えもしないし、髭があると顔もそれなりに暖かいはずだ。それが春になって空気は湿り気を帯び、ましてやここのところは雨や雪でしっとりとしている。暖かい日も何日かあった。それに3月が誕生月だし、4月から出会う人にまともな人間だと思われたいし、など、春に特有の髭を剃る理由がいくつも思い浮かぶ。
過去に髭を剃りたくなったタイミングをこれといって記録していなかったから、データはない。日記を丹念に読み返せば傾向が見つかるかもしれないが、そんな面倒なことはしない。とにかく、髭を剃りたい。いまから剃る──
剃ってきた。痛い。刺すような痛みだ。とくに顎と首は何箇所か切れて、シェービング・ジェルは血で染まった。嫌になって、口髭だけ残した。夏目漱石のようなスタイルになってうれしい。
残った口髭は、何年か前にアミーガからプレゼントでもらったドイツ製のハサミで整えた。気の利いたプレゼントをくれるものだといまさら感心する。DOVO(ドヴォ)というメーカーのものだ。刃には英語で「MOUSTACHE」と書いてあって可愛らしいのだ。なぜドイツ語ではないのか。ドイツ語で「口髭」を調べたが「Schnurrbart」というらしい。それはさておき、チョキチョキやると感触が小気味よく、ドイツ製のモノを使っているという満足感を与えてくれる。ぼくは金さえあれば「ポルシェ 911」が一台あればいいと考える人間である。一方でスズキとスバルも好きだ。こないだ運転させてもらったMさんのフォルクス・ワーゲンも、やはりよかったのだが──。うだうだと言っているが、結局はアルファ・ロメオにはだれも敵わない、とも思う。アルファ・ロメオはぼくの最初の愛車である。いうまでもなくイタリア製である。

化粧水と椿オイルを塗りこんでいくらか痛みは引いたが、このせっかくの漱石スタイルをどうしたものか。まだこの種類の髭は自分には早いと思っている。それで電動シェーバーの導入について考え始めている。あれもやはり痛むのか知らない。
竹芝で用事を終えたあと、すこし散歩をした。帰りは羽田空港を抜けるルートを選び、クルマを停め、離陸する飛行機を見てから帰った。厚手のコートの首元の生地の硬さが気になった。それに肌の傷に触れて痛かった。髭があると、生地と肌のあいだにクッションがあって快適だったのだと、いまになって悟る。髭はきっと人間にとって実利的な装備なのだろう。だからこそ毎日伸びるわけだ。しかし髭がある種の状況では敬遠されることもわかっているし、なかなか難しい。


