3時間ほど深く眠って、4時半に起きた。深夜1時を過ぎても寝付けなくて、簡単な小説を読んでいたときは、明日のマラソンは諦めようと思っていた。そのあとですぐに眠りが訪れて、ありがたいことに熟睡だった。
5時20分に家を出て、稲城インターに入った。西新宿ジャンクションを左に折れて中央環状線へ。常磐道への合流までは渋滞なし。そこからはのろのろ運転。だが思ったほどひどい渋滞ではなかった。流山インターを降りて、コンビニで朝食を調達してから会場に到着したのが7時過ぎ。睡眠と渋滞がなによりの心配だった。ここまでくれば走り切ることは心配していなかった。
ゆっくり朝食を食べて、エネルギーを蓄え、日焼け止めを入念に塗った。レースは9時にスタート。
タイムは4時間16分49秒。自己ベストの4時間25分を約10分更新した。それにしてもサブ4の壁は高い。ましてやサブ3.5なんて。
今回はロング走トレーニングの一環で走った。だからタイムの目標は設定しなかった。ミッションはただ走り続けること。5時間かかったってよかった。走り出しから身体は軽く、30キロまでは楽しく走った。正午を迎え、気温が高くなってからは明らかにペースが落ちた。脚を攣りそうな気配も感じた。やはり持久力不足。ロング走のトレーニングを続けていくべきだ。おそらく秋の大会のころには成果がでるだろう。
これで3回目のフルマラソンで完走も3回目。完走の達成感はやはり得難いものだ。気持ちがいい。とてもいい。
ゴール後、記録証を受け取ると、係の人がなにか言ったが、うまく聞き取れなかった。
「ネンダイニイデスネー」と、言われたのだが。
適当に返事をしつつ、記録証を見ると、年代部門順位の2位だった。なるほど、30代のランナーが12人走ったなかの2位と書かれてある。たった12人の中とはいえ、ぼくがスポーツで2位になることがあるとは。ちなみに総合順位では95人中の32位。サブ4を達成すると全マラソンランナーの上位30%だというが、まさにだいたいそんな割合なのだろう。ぼくはその上位30%の壁に昨年の末から挑んでいるのだ。つぎに記録を目指すのは11月の東北・みやぎ復興マラソンだ。
この年代別順位はあることを示唆していた。ほかの年代のエントリー数と比べ、30代のランナーがたった12人と少なかったのだ。要は、多くの30代の男は、ゴールデン・ウィークにひとりでマラソンを走ったりしない。ふつうは、家族と過ごす。そういうことだ。
14時には会場を離れた。渋滞もなく1時間で調布インターに着いた。クラッチ操作も問題なし。余力は残っている。マネージャーとしてサポートしてくれたJにゴリララーメンをご馳走して帰宅。シャワーを浴びて、2時間ほど寝た。20時ごろからデイ・ゲームを見逃し配信で観た。こんな日に限って、4時間越えの延長戦。最後は塩見のサヨナラホームランで決着。塩見よ、よく打った。

