9時半に元町の宿をチェックアウトする。
すぐ近くの神戸市立博物館まで歩く。企画展は「大ゴッホ展」をやっていて、開館直後だというのにロビーの行列は建物の外まで続いている。当日券が買えるようだったけど今回は諦める。この寒さで外に並ぶのはたいへんだ。
目的は「神戸の歴史展示室」の見学だったのだが、まず目に入った常設展の展示室に入り、ここでは広重と北斎の浮世絵を鑑賞する。ゴッホ展の賑わいが嘘のように静か。
ロビーに戻り、歴史展示室を探そうと館内の掲示物をなんとなしに見ていると、ゴッホ展の行列を誘導するスタッフに「どちらかに寄ってくださーい」と言われ、いりくんだ悲しい気分になって博物館をあとにする。たしかにぼけっとしてたよ。まあ、ゴッホが来ているのだからだれしも多少浮かれるのは無理もない。街の歴史はまた今度。つぎつぎ。
ホテルの駐車場から車を出す。さよなら、元町。
「阪神・淡路大震災 人と防災未来センター」に向かう。展示を一通り見たあとで、5Fの資料室に入りしばらく過ごす。積年の懸案だった調べ物が動き出す。各自治体が制作した記録や当時の新聞がとても読みやすい状態で保存されている。文書保存は尊いことだ。
神戸を離れる。
夙川のあたりから山道に入り宝塚へ向かう。
逆瀬川の駅前に車を停めて、ぶらぶら歩く。暮らしたマンションまで歩き、そこから小学校への道を辿る。途中、道を折れてユータの家を探してみる。同じ苗字の表札を見つける。たぶんこれだろう。留守の様子だったし、通り過ぎる。小学校の校庭を外から眺める。裏山の上のスーパーは、建物はそのままにデイサービス施設に変わっていた。無論、たこ焼き屋もなかった。残念。
駅に戻り、阪急電車に乗る。電車に乗ることが目的だから、とくに当てはないが、宝塚駅で降りる。
歌劇場まで歩いて、開演前のロビーの熱気を味わう。当日券なんかないのかしら、とチケットブースを覗いたが、何日も先まで完売らしい。グッズショップやカフェテリアを冷やかしながら、平日の夕方からこんなに人を集めてすごいなあ、と感心していたが、なんだプロ野球の球場に集まる人たちだって、このマダムたちと見た目はずいぶん違うけど、行動様式はそう変わらないではないか、と気付いて合点がゆく。推しの対象が違うだけだ。それにしても舞台写真のブロマイドがどれもきれい。専属のカメラマンの腕がよさそう。というか責任重大の仕事だ。勉強させてもらう。
駅に戻る。途中、駅ビルのベーカリーで買ったパンが美味かったが、店の名を忘れた。
逆瀬川駅に戻る。
駅前の喫茶店「コロ」に入りコーヒーを飲む。いい店だ。特段の個性はない、と言ったら失礼なのだが、極めて普通の喫茶店。テーブルに灰皿が置いてあり、新聞・週刊誌・コミック雑誌が入り口に積まれている。メニューすら出されないから「ホットコーヒーを」とだけ伝える。なんとシンプルでよいことか。常連の客の主な話題は通院や薬のこと。学生や、仕事の休憩中と思しきひとり客もいる。地元の人たちの憩いの場。タバコの匂いが心地よい。ぼんやり新聞を読む。
このような「緩い小商い」は、東京のような大都市部では成立しにくいはずだ。高い地価ゆえに弱肉強食の原理が強く働き、どの商店もそれぞれに個性を追求し、客単価と回転のどちらも高めないことには賃料が払えない。つねに大資本に商売の場を追われる弱すぎる立場。がんばらないといけない。働かないやつは去れ、というやつ。反対の側面から見れば、庶民はほどほどに空いた落ち着く空間を探すのに苦労することになる。多くの場合、そんな場所は見つからない。妥協し、混雑したスタバに入る。ジレンマ。
この逆瀬川駅周辺にはふらっと入れる喫茶店が何軒もあった。豊かなことだと思う。一言で言えば、人がのんびりできる、ということ。
日がすっかり暮れた。東京に帰らなければいけないのだが、名残惜しい。店を出て、不動産屋や食品スーパーをチェックする。
18時半に帰路に就く。宝塚インターから中国道・名神・新名神・伊勢湾岸道・新東名と極めて真っ当なルートを選んだのは大雪の予報があったから。太平洋側は終始平穏。道は退屈だったけど、月明かりにぼんやりと浮かぶ見事な富士を見たからよしとしよう。1時半に帰宅。
神戸まで出かけてよかった。


登校班の待ち合わせや、食品の移動販売車が来ていた記憶のある団地の広場。

逆瀬川。学校まではずっと登りでたいへんだ。

この橋を渡って路地に入り、さらに坂を登ると西山小学校がある。


