4時間ほどぐっすり寝て、5時に家を出た。渋滞もなく、水戸から先は一般道に降りて、遠回りのドライブを楽しんでから日立市街に着いた。
体調がとてもよいことがはっきりとわかる。絶好調。食欲もあり、朝食をしかるべきタイミングに十分に食べた。体調管理のために断っていたコーヒーも久しぶりに飲んだ。
今日走ったのは「ひたちシーサイドマラソン 2025」である。アップダウンが厳しい難コースだとは聞いていたが、会場に着くとあちこちで坂対策のことを話しているのが聞こえてきた。レースのあとに寄ったカフェと居酒屋でも、坂がたいへんだったでしょうと訊かれたくらい、とにかく坂また坂。走りながら、これは修験道マラソンである、と定義したのだった。
レースの後半は登坂のたびに脚が攣るのを感じながらも、なんとか一度も歩かず止まらず走り切り、3時間43分47秒でゴールした。これは今年の1月に勝田全国マラソンで記録したタイムをちょうど2分更新する自己ベストタイムである。
初めて走る難コースで、それもシーズン初戦で自己ベスト達成、とくれば、思い切り喜んでもよさそうなものだが、こんなに調子がよく、内容も悪くなかったのに2分しか縮まらなかった、という思いがつよい。
それに、残り10キロの地点でぼくは計算間違いを犯して、サブ3.5達成を手中に収めたと勘違いしたまま1キロか2キロ、ほくそわらいを浮かべながら走っていたのだ。この糠喜びが、自己ベストを素直に喜べない最大の要因だという気もする。妙に損をしたという感覚がある。計算などしなければよかった。
ま、トレーニングにはうってつけの大会だ。今日ぼくは脚を鍛えてきたのだ。自己ベストはおまけだ。よしとしよう。
コース上では序盤と終盤にQちゃんこと高橋尚子がハイタッチと声援で励ましてくれた。これが今日のハイライトだ。一度目にぼくは笑い、二度目には泣いた。Qちゃんは本物のスターだ。
4時間以内でレースを終えると、ゴール会場が混む前に着替えやストレッチを済まして帰路に就けるのがよい。そうだ、レース中も「早く家に帰りたい」と、仲井戸CHABO麗市の教えを唱えながら走ったのだった。この方法はおすすめかも。
総じて太平洋を眺めながらのレースは素晴らしい体験だった。風も穏やかで天気がよかった。平坦なコースだったらサブ3.5を達成する力はありそうだという感覚も得た。
「早く家に帰りたい」と言ってもそれはタイムを出すための方便で、夕方の渋滞は絶対に御免なのである。夜まで日立で過ごして、空いた道を帰るつもりだった。
グーグル・マップで目に飛び込んできた「O’keeffe」という名のカフェに迷わず向かう。思った通り、店の書棚にはジョージア・オキーフ関連の本が一通り揃っていた。今日のところはオキーフの写真の仕事をまとめた本を熟読し過ごした。コーヒーもりんごのタルトも絶品。また今度、この店に来るために日立までドライブしよう。読みたい本がたくさん置いてある。
日が暮れてから入った居酒屋「祭り」も大当たり。肉・魚・サラダとたっぷり食べて身体を癒した。
最後に海に寄り、写真を撮ってから日立を発った。石岡までは一般道を行き、途中、見覚えのある長い坂道はたまたま勝田全国マラソンで苦労した走路だった。思えばぼくが走ってきたマラソン大会のほとんどは常磐道沿いの街で行われたものだ。仙台の大会は残念ながら昨年を最後に消滅してしまったのだが、どうも北の太平洋沿岸に興味が向くというのははっきりとした傾向らしい。
すっかり渋滞の解消した常磐道を気持ちよく走って23時前に家に着いた。夜になっても本当に調子がよい。これが絶好調の感覚だと覚えておこう。








