高田渡「当世平和節」、20250722

夜、六本木で仕事を終える。映画館を覗いたが、どうしても観たいような映画があるわけでもなく、まっすぐ帰ることにした。映画館の飲食の売店は若者たちの行列だった。そういえばさっき、公開されたばかりのアニメ映画が人気だとラジオのニュースで聞いたのだった。

選挙のあとの週明けの街は、虚しくてやりきれない。六本木ヒルズは、時間貸し駐車場の値上げを知らせるポスターがそこかしこに貼られていた。今日は給油もしたし、食材を買う必要もあった。物価高はいよいよ精神を蝕む。収入が横ばいではやっていけないから、身を粉にする。節約する。庶民はだれもがきっとそうしている。仕事のあとの映画一本がとても贅沢なことに思える。そんなだから疲れる。

生活の先行きが見えないから、デマが力を持つ。強い言葉に縋りたくなる。ぼくはオカルトもヘイトも明らかな嘘も信じないが、内面世界に閉じ籠もって、猫と筋肉、それから高田渡の歌とか、そういうものを信じてなんとか生きているのだから本質的には一緒か。酒をやめなければよかったのだ。ほんとうに。泥酔して痛みを忘れるのがふつうだ。シラフでこの現実を直視するというのは、どうかしている。ま、断酒は続けるのだが。

高田渡の「当世平和節」は、いまの世の中の空気にぴたりと重なる。

以下に歌詞を抜粋する。


いくら稼いでも足りないのに 物価はいよいよ高くなる

塩いくら 味噌いくら 旦那の月給が悲しかろ

……産まれる子供はなお悲し

おめでたい、おめでたい 戦が日本じゃなくておめでたい

物価の高いのもおめでたい 花火上げろ、旗立てろ

いざ祝え みんな祝え 天下太平おめでたい

昭和元禄おめでたい 日本がいちばんおめでたい

(高田渡 アルバム『石』収録「当世平和節」より)


これを帰りの車中で聴いていたのだ。沁みる。深夜、5キロのジョグ。

猫とよく遊んだ。