ひめもす、伯父伯母の運転手を務める。
6時前に稲城の自宅を出て、茂原へ向かう。伯父には10時に来るように言われていたのだからこんなに早く出る必要はないのだが、せっかくのドライブを、便利だが退屈な圏央道で直行することが、ぼくにはどうしてもできない。いつもアクアラインを渡るとすぐに高速を降りて、そこからは気ままに好きな道を選ぶ。今日もそうした。
思えば、この土地の道道は16歳の頃に手に入れたホンダ・エイプでやはりぶっ飛ばしていたのだから、やることが変わっていない。
伯父の国民的セダンに乗り換えて、神奈川県某所へ。さっき渡ったばかりのアクアラインを戻る。出先で夫婦が用事を済ましている間にパソコンを開いて仕事をする。昼食をご馳走になってから帰路に就く。
「いま、これでメーター、何キロ?」と後部座席の伯父が言う。
「105キロです」
「やっぱり若いから速いよねえ」
「ま、追い抜くときだけですよ」
「200キロぐらい出てたんじゃないの?」
なかなかユーモアのある人だと思った。皮肉でやり返す。「そこまでは楽しんでないですよ」と。実際、ぼくがどれだけ理性的にリムジン用の運転に徹していることか。伝わっていないだろうな。
だが、リムジン用の運転だからこそ、このクルマのブレーキ・ペダルのフィーリングが優れていることがよくわかる。細かな加減がちゃんと効く。これはクルマにとっては素晴らしい美点だ。やっぱりそういうクルマなのかな。ぼくに言わせれば国民的セダン。
「あっという間に帰ってきちゃったよねえ」と伯父。だいたいにおいて快適だった、という意味だろう。任務は無事に終わった。客間で茶を頂きながら、仕事のことについて金言をいただく。19時に伯父の家を出る。
まっすぐ海岸に向かい、海と星を観る。湿度が高いし、雲もそれなりにあったから星はそれほど多くないが、潮風を浴びながら、2時間ほどを真っ暗闇で過ごした。今夜は月は出ていなかったのだ。漂流モノの小説をいくつか思い浮かべて、この海の水平線の向こうを漂うことを想像する。恐ろしい。たぶん助からない。助からなかった事実は物語にならない。それを体験した作者がそのときにはこの世に存在しない。ただの行方不明。もちろんフィクションと体験記が別物であることはわかっている。なんにしても、ちょっと憧れてしまうのだ。遭難に。危険な妄想だろうか。というかやはり、傲慢だろうか。
伯父から電話が入る。「もう家着いた?」と訊かれ、まだ近所の海岸にいるとは言わなかった。
やはり遠回りして帰り、家に着いたのは0時近く。朝から合わせると500キロぐらい運転した。満足である。さっぱりした。たしか2週間前にも同じようなことをしていた。海辺は過ごすだけで療養になる。よいものだ。




