来客とシュークリーム、きゅうりと酒酔いじじい、20241227

Dが拙宅に遊びに来たいと言うから「いまからおいで」と言ったら、「夜まで予定があるから、遅くなら行けます」と言う。「では明日の昼にしよう」「そうしましょう」ということになった。

それでサンドイッチでも作って接待することにした。具材を今日のうちに買っておいて、パンは明日の朝、ベーカリーで買う段取りとした。

客が来ると決まって、ついシュークリームのことを考えてしまった。「来客」の条件反射が「シュークリーム」になっている。つまり、あいつシュークリームでも持ってこないかな、と期待しているのだ。そんな底意で客を迎えるというのも失礼な話だが、考えてしまうものは仕方がない。それで午後のあいだずっとシュークリームが頭を離れなくて迷惑だった。

夜、ランニングのあとで駅前の京王ストアに入った。明日のサンドイッチの具材を選んで、シュークリームもひとつ買って、店を出た。

駅前からの坂道を買い物袋を片手に走って下りた。何人もの歩行者を抜かした。すれ違う人たちは不審の顔だが構わない。坂を下りきったところが大きな交差点だ。この赤信号は長い。ここでの足止めはわかっていて走ってきた。

すると後ろがなにやら騒がしい。振り返ると、初老の男が、きゅうりを片手に掲げて、走ってきた。事態を一瞬で察した。(あ、それ、おれの買ったきゅうり……)。男は鬼の形相であった。

「おまえさあ、なんで止まらねえんだよっ」と息を切らした男が怒鳴った。ぼくはきゅうりを受け取った。

「ごめんなさい、ごめんなさい」(弱ったなあ、音楽聴いてたから)

「おまえ、落としたんだぜえ」

「ごめんなさい、ありがとうございます」(このじじい酒臭いなあ)

「走っていっちまうんだもんよお、こまるぜえ」

(おっしゃるとおりです。ちょっと声大きいなあ)「ごめんなさい」

「ったくよお」と最後にニヤけて男は去った。去ったといっても赤信号をすぐそこで待っていた。肩で息をしていた。ちょっと大袈裟だとは思った。

恥ずかしかった。長い赤信号で、ぼくが抜かした人たちはみな追いついてきて、そこら辺に滞留していた。情けなかった。坂の途中ですれ違った人たちの不審の顔も今ならわかる。ご機嫌で坂を駆け下りる健脚と、きゅうりを持って怒鳴りながら追いかける酒酔いじじい。ぼくが愉快犯でじじいが被害者。なにかの事件だと思うはずだ。だめだ、今回ばかりはちときつい。赤信号で滞留した集団の最後について、大人しく家まで歩いた。酒酔いじじいは、家の一本手前の路地で折れた。その背中に内心で礼を言った。

きゅうり一本ぐらいほっといてくれよ、と思わなくもない。でも酒酔いじじいは優しい人なんだろう。ぼくだったら、まさかランナーに追いつこうとは思わない。それになんで酒酔いじじいなんだよ、とも思う。もうすこし、そこには、ロマンスの気配があったって、いいはずだ。現実はこんなものか──。酒酔いじじいが、未来のぼくなんじゃないか、とも思った。まさにうだつが上がらない、という風情だが、正義感は強そうだ。いやだな、また酒飲みに戻ってるよ。じじいは落ち着きのない昔の自分を見かねて、つい追いかけた。本当は過去の自分に接触するべきではないのだが、今夜の事件をきっかけにぼくが生き方を改めることを期待して……。じじい、2024年でなにやってんだよ。帰れよ。いまはおれに任せといてくれよ。金、持ってんのか? 持ってないだろうなあ。だっておれいまこんなだからなあ。やれやれ。

シュークリームも買ってるし、すべてが情けない。恥ずかしい。しばらくはあの交差点に近づきたくない。今夜着ていたランニング・ウェアも来シーズンまで仕舞っておこうか。酒断ちやってないで、砂糖断ちやったほうがいいんじゃないか──。

悪いことばかり考えてしまう。太宰読んで寝よう。

マグカップ、窓辺で撮るとこんな感じ。
後ろ脚が飛んでいる。