乗り物を駆使し、乗り物を撮る、正直に言い、正直に進む、会話に救われる、20241217

夜明け前から日没すぎまでかかって、都合4台の路線バスを撮影した。それぞれのバスの運行ダイヤを読んで、自分のクルマと地下鉄と路線バスを使い分けて適切なポジションを取る必要があった。乗り物を駆使して、乗り物を撮ったわけだ。ただただ楽しかった。どんな写真が撮れているかは、ぼくにもまだ知れない。

それにしても、幼少期に乗り物図鑑と地図と時刻表を飽きずに見入って培われた素養が存分に活かされたことは愉快である。それに加えて筋肉だ。こちらはマラソン用に近年作り上げたものだが、結局、最後は体力なのだと実感することが多い。今年の最難度の撮影は無事に終わった。


太宰治を読み直している。手始めに、随筆集の『もの思う葦』を選びとった。その中の一編「一問一答」のなかで、太宰は登場人物に次のように語らせている。

……ごまかそうとするから、生活がむずかしく、ややこしくなるのです。正直に言い、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。失敗という事が無いのです。失敗というのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。……

これを、休憩中に入った新橋のカフェでコーヒーを飲みながら、しみじみと読んだ。太宰本人の人格が日頃からそう考えていたのか、それとも太宰が書いた登場人物の人格が言ったことなのか、それは定かではないが、太宰はやっぱりいいなあ、と感心した。それに文章が美しい。ちなみにこの登場人物の年齢は34歳だと、直接的にではないが、作中に書かれてある。ちょうど、いまの37歳のぼくが、太宰をよく理解できるということもあるのだろう。

それから、そのカフェで、写真のことをぼくに訊いてくれたお若い店員さん、ありがとう。じつはとても疲れていたから、何気ない会話が、いい一呼吸になった。