完遂したか?、20241122

夜、表参道で仕事を終えて、この二週間のすべての案件を撮り終えた。いやはや疲れた。金曜日の夜だからすこし開放的な気分になって、目黒か不動前にでも寄って帰ろうかと思ったが、どちらの店も開店まで時間があったから諦めた。バーというのは、ずいぶん夜の遅い商売だと、いまとなっては思う。酒断ちはもう10カ月になる。

ラッシュ・アワーの甲州街道をのんびり帰った。昨日から高中正義のアルバムを発表順に聴いている。はっきり言って最高だ。

やはり今日もガバナンスについて考えた。社会の多くの問題を、ガバナンスの欠如で説明しようと試みている。社会といえば、国家、会社、学校、ご近所、家族、夫婦、などなど。人はこれらの集団のいくつかに属して暮らしているわけだが、その集団にガバナンスがなかったり、足りなかったりすると、「私」はつらい。ガバナンスがあったとして、それが自分に合わないと、やはり「私」はつらい。ぼくだってなんでもかんでも集団が嫌なのではなくて、ガバナンスの行き届いた集団なら居心地のよさを感じるという気がする。あまりそういう経験はなかったけど。ガバナンスとはなにか。それは言葉だろう。ガバナンスは言葉で作られる。言葉でしか作られない。この国の長くつづく低迷は、この社会全体の言葉の軽視に原因があるのではないか──。ガバナンスについては深く勉強してみよう。

なにかいいことを知っている人は、どうかぼくに口を出してください。

考え事をしていると、あれ、おれ今日仕事してきたっけ? とハッとして、恐ろしくなる。大丈夫だ、撮り終えている。

さて、明日はゆっくりしよう。CHABOのライブにも行くし。

「この家のガバナンスわい」「すでに完璧でしょうが」