今日は我が家の猫が家猫になった記念日、ならびに彼の5歳の誕生日である。彼、元気にしているかしら、なんて少しも考えずに一日を過ごした。留守中の猫の世話は友人に任せてあるからぼくは安心しきっている。猫も非日常をそれなりに楽しんでいるらしい。
早起きして出かけたい気持ちをぐっと抑えて、9時までたっぷり寝た。すべては明日のレースのためだ。10時に宿を出て、石巻を目指した。仙台の市街地からはクルマで北へ1時間とすこし。雨の中のドライブだった。
ずっと大川小学校を訪ねたかった。ようやく来れた。手を合わせて、目を閉じても、なかなか言葉が見つからない。
大川小学校をあとにして、三陸海岸に沿った山道を抜けて女川の市街地へ。いちど市街地は素通りして、何日か前に再稼働された東北電力の女川原発を、最寄りの漁港から海越しに見学した。雨も風もこのときがピークだった。全身を登山用の雨具で包んでいるから、お構いなしに歩いた。たしかにそこに原発がある。巨大で不気味な箱が並んでいる。見たところでどうなんだ、と自分でも思うが、新聞やテレビで見るだけでは伝わらないその恐ろしさを実感するために来ているのだ。やはり来たほうがよっぽどいい。
原発の敷地を巻いた向こう側にも行った。そこは原発事故から避難するときに、原発の敷地のすぐ横を通らなければいけない袋小路のような漁村だ。この一帯は、どうやら原発反対の声が強いらしい。道の脇の至る所に「原発反対」の看板が立てられている。相手が分からず屋とあっては、看板も一枚や二枚では足りないということだろう。
原発周辺を移動しているとき、二人組の私服の警察官に停められた。出たな、と思って大人しく路肩にクルマを寄せてやった。
「すいませーん、地元の警察のもんです。いま原発の方、行ってましたよね」と言って警察手帳を見せる。
「ええ、行きましたよ」
「あのお、なにをされに行ったんですか」
「原発、どんなもんかなと思って、この目で見てみようと」
「ああ、そうなんですねえ。いまねえ通報入っちゃったんですよ」
「へえ、大変ですねえ。だれからです?」
「いろいろあんですよお」
「で、だれなんです?」
「海上保安庁です」
「へえ、海からですか?」
「ええ、海からです。見ませんでした?」
「見えなかったですねえ」
「どっから来たんです? え、東京? このためにわざわざ?」
「いや、明日仙台でマラソンがあって、そのついでです」と言って助手席の足元のランニングシューズを見せた。それで警官もずいぶん安心したらしいのがわかった。免許証はあくまでもサービスで見せてやって、一件落着。
「ご協力ありがとうございました。マラソンがんばってくださいねえ、お気をつけて」と警察官。
ぼくと喋ったのは中年の警察官で、熟れた慇懃さがどうも嘘くさかった。もうひとりの若い方の警察官は終始無口で表情も変えずにじっとこちらを見てきた。嫌なんだよな、この手のペア。
しかし、である。一見では感じの良さそうなこの中年の警察官だって、上からの命令があれば、有無を言わさず、適当に、必要とあれば強引に、ぼくを逮捕するのだろう。任務は、どのような結果になろうともちゃんと正当化されるのだ。もしぼくがなにもしていなくても、だ。袴田さんの問題は、この国に暮らす者にとってまったく他人事ではない。やはり国家権力は怖いものだと、二人の警察官の目を見ながら感じざるを得なかった。こちらにできることは、せいぜい法律を学ぶことぐらいか、などと考えながら先へ進んだ。そのあとも、何台か警察車両とすれ違った。ぼくはなにもしていない。しいていえば原発を前に思索をしただけだ。……ソクラテスの弁明のようで、なんかいいなあ。ゆうてる場合か。
女川の市街地に戻って、市場に入って休憩し、夕飯を仕入れた。この街の震災遺構は市場の向かいにある旧交番だ。鉄筋コンクリートの二階建てが、潮に引き倒されている。
石巻の市街地へ出て、「みやぎ東日本大震災津波伝承館」を見学して日が暮れた。雨は一日降り続いた。横浜の日本シリーズも中止になった。
宿に帰ったのが18時ごろ。早く風呂を済まして、明日のレースに備える。




