茂原の手伝い、月見をしながら帰った、20240917

9時に茂原の伯父の家に着いた。事前に電話で聞いていた内容から察して半日仕事と見積もっていたのだが、結局は早めの夕飯までいただいて帰ってきた。

なにしろのんびりとした夫婦なのだ。こちらも慣れているから、畳の上にごろごろして持参した文庫本を繰って過ごし、声がかかると立ち上がって手を貸す。作業の合間にはやたらと食べ物を勧められる。チョコモナカジャンボ、今川焼き、ピザ……そのどれもがとても美味い。この人たちは仕事の仕方を知っているのだと思わされる。てきぱきやったら半日で終わるけどな、などと考えないことだ。

彼岸の前ということで、お墓も掃除した。墓石を磨いて、周りの草を刈り取った。エンジン式の草刈機を初めて使った。慣れるとなかなか面白い。ぼくはエンジンには強い。

「造園の国家資格があるからねえ、1級を取るといいよ。きみは筋がいいもの」という伯父は造園会社の経営者である。

「あ、国家資格なんですね。取ろうかな」

「哲学もいいけどね、造園の勉強もいいよう。国の仕事なんかは1級がないとだめだね」

まあ、たしかに。資格とは無縁の人生だ。

「おれが若いころなんか、このへんのお父さんたちは野良仕事をしながら一升瓶を飲み干すんだよね。それが人生の喜びだし、そうでもないとやってられないんだよね。すごい時代だったよね」

夕飯に特上の鰻重をご馳走になって解散した。


そして十五夜だ。鰻屋の駐車場で二人を見送ると、薄紅色のグラデーションの空に名月が低く浮かんでいる。圧巻の光景だった。この日の月を美しいと感じた先人の記憶と、いまのぼくの心の動きが溶け合うのだから、これは言葉というものが素晴らしいということ。言葉は時空を超えて伝達される。月見の文化は平安時代に中国から伝わったらしいが、それさえも言葉による伝達だ。

さらに想像を大きくして、もっとむかし、狩猟採集の時代の人たちも、この夜は夜通し賑やかに過ごしたのではないか、と考える。原生林に覆われた房総半島の部族の暮らしを想った。

空がさらに暗くなって、西には金星も見えた。空には富士山の影が映っていた。海ほたるでクルマを降りて、小一時間、月見をした。金星はすでに沈んだ。月明かりが眩しかった。海に架けられたこの明かりには、あやしく誘われる。かぐや姫の昇天の物語がとてもよくわかる。物語を読むとはそういうことなのだ、そういうことなのか! ぼくはこれを感じるために……そんな池澤夏樹の小説があるんだな。さっきから言葉についてずっと考えている。やめよう、きりがない。いい十五夜となった。

寝転びながら、この天井にハクビシンなんかが侵入したら手に負えないな、やはりマンションだな、などと考えた。梁に昭和天皇の肖像が飾られているような光景もいまどき珍しいものだろう。
富士山の影がはっきりと出ている。写真中央下が富士山。写真ではわからないが金星も見えていた。
これを見るとかぐや姫の昇天の必然性がわかる。ぼくは木更津(正確には袖ヶ浦だ)まで泳ぎたくなった。外房で見ると水平線までこの光の道がつづいてさらにいいのだが、今夜のところは東京湾のど真ん中にて。月のすぐ上に土星も写っている!
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