たっとし自由な寝食、青木宣親が引退を発表した日、20240913

どんなに疲れて床に就いても8時には目が覚めてしまう。昨夜は3時過ぎに寝て、目覚ましは10時にかけてあったのだが。

これが歳を重ねるということだ。回復することさえ許されない。だから、そもそも無理をしてはいけない。無理をすると身体が壊れる。それが男の四十過ぎの厄年の実態ではないか。ぼくの周りの先輩方もだいたい厄年で大病を患った。先輩方は忙しくて身体の変化に気づかなかったのかもしれない。いまになって思えば、彼らには自分の時間がなかったという気がする。まあ、ふつうはそうなんだろう。ぼくだって、これで付き合いの酒席なんかがある生活だったらどうだったか。

帰するところ、自分が食べたいものを食べて、眠りたいときに眠る。そんなことが個人のたっとし幸福なのではないかと思う。それは得難いことだろう。平和学の文脈で語ることもできそうだ。


前置きが長くなった。

朝起きて、青木宣親引退の報に接した。この日が近いことはわかっていた。8月5日の登録抹消から、ファームの試合にもほとんど出場しなかった。

1982年1月5日生まれの42歳。細かい数字はスポーツ紙を見ればいいとして、早大からスワローズに入って、とにかく神宮球場で打ちまくった人だ。NPBでシーズン200本安打を複数回達成したのは青木さんだけ。メジャー・リーグでも活躍した。ワールド・シリーズにも出た。WBCでもチャンピオンになった。アメリカからスワローズに帰って日本一にもなった。

三振して怒り、凡打を打っては悔しがり、勝っては笑い、優勝しては泣く。そんな青木さんの姿をファンはずっと見ていた。なにしろ感情を隠さないのだから、だれの目にも見えるのだ。圧倒的な成績と正直なキャラクター。ファンを惹きつけないわけがない。いまはただ寂しい。

正午に行われた引退会見を映像でみた。質疑が終わり、ユニフォーム姿の山田哲人と村上宗隆が花束を抱えて会場に入ってくると、破顔一笑。

「おお、テツトー、ムネもー。ありがとうなあ。移動したばっかりだったろ?」

午前中に名古屋から神宮球場に帰ってきたばかりの二人を労う。これが青木さんなのだ。

今夜の試合、みんな気合いが入っていた。全員がよかったが、なんといっても村上の初回のスリーランホームランが決め手だっただろう。並木と岩田も効いていた。いい試合だった。あと狩野舞子さんの始球式の投球がとんでもなかった。運動神経抜群とはこのことだろう。

都庁の展望台にあがった。神宮球場はちょうど試合開始。
新宿パークタワーは何度撮ったていい。
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