午前中に同道したEさんはスイマーだ。泳ぎについていくつか伺いたいことがあったのだが、残念ながらその時間はなかった。
昼食はバナナを一本。セブンイレブンのバナナが一番甘くてしゃきっとしている。
午後は久しぶりに会うNさん。セッティングをしながら、それから撮影をしながらも終始喋っていた。これがなかなか為になる話だった。部分の判断は全体の印象につよく影響を受ける、そして全体は一日にしてならず。そんな話。たしかに。
今夜も走りに出たのは0時ごろ。空気がいくらか涼しかった。汗が、走って風を受けることで乾いていく。昨晩までは、かいた汗は乾かず、だらだらと肌をつたって、地面へと落ちていた。本来は気化熱によって体温を冷やしてくれる汗が、蒸発せずにただ流れ出していくのだから、それは人体の能力を超える危険な暑さということ。そんなときは我慢して負荷を下げるか、外的な方法で冷やすしかない。それが今夜は汗が機能していた。たがを外して思いっきり走ってよかった。実際、運動が楽だ。多摩川の土手を10キロ、5分18秒ペースで気持ちよく走った。ジョグではなくランをしたという実感がある。これが本当に久しぶりの感覚。夏場の屋外球場で投げる先発ピッチャーがどれだけ大変か、いまのぼくにはよくわかる。暑さが奪う持久力は相当のものだ。
今年最初の梨を食べた。幸水。うまかった。梨と桃、どちらがより美味いか、いつになっても答えはでない。梨を食うと梨が一番だと思う。答えはないのかもしれない。どちらも美味い。梨の句を鑑賞した。
梨むくや甘き雫の刃を垂るる 正岡子規
梨を剥くとナイフに甘い汁が垂れる。その小さな情景を切り取った。これから口へと運ばれる甘味を期待させる。そして全体の軽やかさ。「あまきしずくのはをたるる」この語感の心地よさ。子規、いいなあ。昨日は漱石のことを書いた。今日は子規。なにかがぼくのなかで繋がりそうな嬉しい気配。子規のことはすこし調べてみよう。
行く我にとどまる汝に秋二つ 正岡子規
これは、2ヶ月暮らした漱石の下宿をでる際に子規が詠んだ惜別句。「我」が去る子規で、「汝」が残る漱石。汝は「なれ」と読ませる。「ゆくわれにとどまるなれにあきふたつ」。よい。


