夕方、近所の市民プールに行った。ここは1階がジムになっていて、プールは2階にある。2面ある窓を裏山の樹々が覆っているから借景がとてもいい。ぼくは引っ越しが趣味のようなものだったから、あちこちの市民プールをわりと知っている。西東京、東久留米、三鷹、武蔵野、練馬、杉並、これらの自治体のプールをいまでもよく思い出せる。水着のまま自転車に乗って遠征した若い日々が懐かしい。そんなわけで市民プールを見る目はあるのだが、それらと比べてもこんなに開放的な眺望の屋内プールは珍しい。郊外に住んでいる甲斐があるというものだ。全体的にまずまず清潔だし気に入った。
だがBGMがいけない。おそらくは「闘魂」が制作ならびに選曲意図のメロディが館内に流れている。それは中学生のころ遊んだプレイステーションの野球ゲームを思い出させる。水面に潜ると気にならないのはせめてもの救いだが、水から上がるたびに萎える。街にはこの手のチープな、芸術とは関係しない音楽が溢れている。某大手カフェ・チェーンのBGMだって酷いものだ。音楽と呼ぶのも忌々しい。それはぼくのような粋人ぶった人間を惨めな気持ちにさせる。無音でいいじゃないか。または、最初から考えがないのなら、バッハか日本の雅楽かアフリカのリズムでも流しておけばいいのだ。そうして、社会が幼いよ、と憤って、海外に楽園を求めたくなるのはいつものことだ。
泳ぐのは久しぶりだった。最後はたしか杉並の宮前か高井戸かで泳いでいたころだから、もしかするとその時は20代だったか。少なくともコロナ禍の前だ。ちなみに高井戸には市民プールと民間のプールと2つあって、どちらもいいプールだった。
蹴伸びから始めて、いよいよクロールで泳いでみると、まずは25メートル泳げた。身体が泳ぎを忘れていないことに驚いた。これは自慢だが、肩がとてもよく回った。まったく加齢を感じさせない。だが、姿勢が悪いからだろう、脚先が沈んでしまった。よって進みが悪く、無駄に疲れる。このあたりは泳ぐコツを思い出すのにすこし時間がかかりそうだ。休み休み1時間たっぷり泳いで、上半身に心地よい疲れを感じた。やはり暑くなければ運動はずいぶん楽だ。
