午後からは遠乗りへ。アミーガを拾ってから首都高に乗り、都心を抜けた。混雑が始まりつつある京葉道路の上り線を横目に外房の一宮町まで向かった。目的は上総国の一の宮である玉前神社での病気平癒祈願のお参りだ。ぼくが自覚している病気はないが、周りに2人病人がいる。
都心からちょうど2時間、16時半に神社に着いた。クルマを降りると懐かしい一宮町の潮風の匂いだ。湿り気をたっぷり帯びた冷たい風が間断なく吹きつけて心地よい。この町でコロナ禍の2年を暮した。うちの猫はこの町の生まれである。ここで猫と出会い、仲良くなって、結局は一緒に暮らすことになった。
御守りを買って、お参りも終えた。ここのところ願掛けばかりしている。歳をとったのだろうかと思う。そして本殿のうらにある「はだしの道」へ。じつはこの道を歩くために玉前神社を選んだ。なにかというと、白い石が敷き詰められた20メートルほどの環状の道を裸足で3周歩くと、なんやかやで”いい気持ち”になれるというありがたい道なのだ。立て看板にはこのように書かれてある。
一周廻りて無垢となり
二周廻りて気を入れて
三周廻りて気を満たす
靴と靴下をおぬぎになりはだしでお歩きください
玉前神社社務所

暮していたときに一度挑戦して、あまりの激痛に一周するのがやっとだった。だがその頃は酒飲みだった。いまは酒を抜いて6ヶ月の状態だ。「シラフだったら3周できるんじゃないか」と密かに仮説を持っていたのだ。そして裸足になって歩いてみるとやはり痛くない。まあ、ちょっとは痛いが歩けないことはない。アミーガも周囲の挑戦者も、ひいひいと情けない声をあげている。アミーガは一周でリタイアした。ぼくはつい内心から湧いてくる不遜な感情を抑えつつ3周した。一周廻ると無垢になるはずなのだが、自らの節制とマラソン・トレーニングによって石を征服したという気持ちを隠しきれなかった。また今度来たときには無垢な気持ちで歩いてみよう。
これで一応は用事を終えてさっぱりした。参道に出て、老舗の和菓子屋「角八本店」でいくつか和菓子を買った。正確にはアミーガのご馳走にあずかった。この店の大福が美味いのだ。今日はみかん大福を売っていた。草餅とわらび餅も選んだ。

神社の駐車場に戻りながら、ある病気の犬のことを思い出した。それでもう一度お参りしてから神社をあとにした。
釣ヶ崎海岸でサーフィンを眺めて砂浜を歩いた。オリンピックのサーフィン競技も行われた上級者向けの海岸だ。ここは波打ち際をよく走った。海には一度も入らなかった。今思えばなぜ海水浴を一度も楽しまなかったのかと悔やまれる。海から出て自宅でシャワーを浴びられる環境だったのだからもったいない。

そこから南に位置する太東崎に上がって海を見下ろした。ここの景色は素晴らしい。杉本博司の『海景』風の写真を撮った。


海岸線を南に鴨川まで下って、そこから房総半島を横断して内房に出た。館山道に乗って湾岸線から東京に帰った。メーターを見ると350キロほど運転したみたいだ。これだけ遠乗りすれば満足だ。
