山田風太郎『甲賀忍法帖』を読んで、20240621

山田風太郎はすごかった。以下、ネタバレはなし。

初めて読んだのは『甲賀忍法帖』である。中島らもが著書『逢う』の中で山田風太郎と対談した際に、この作品を10歳で読んでから18回読んだと作者本人にうれしそうに語っていて、それで中島少年を文学的に酔わせたのはどんな小説かと読んでみたのだ。いやあ、すごかった。最後の最後まで見事に裏切られた。中島らもが18回読むのもわかる。筋を知った上で読み返すのが面白いだろう。

山田風太郎の忍法帖シリーズの記念すべき第1作目であるこの作品が発表されたのは1958年(昭和33年)。中島らもが生まれたのは1952年(昭和27年)で、10歳のときは1962年(昭和37年)だから、ほぼリアルタイムの読者だったのだろう。時代から考えると団塊の世代、またはそのすぐあとの世代が少年だったころに大ブームを巻き起こした作品ということ。昭和のぎりぎりに生まれ、令和に37歳を迎えた男が初めて読んで虜になった。何度も漫画や映画にリメイクされているみたいだから、ぼくは気づくのが相当に遅かったかもしれない。

この物語の背景は史実に沿ってすすむ。徳川家康が3代目の将軍を兄の竹千代(のちの家光)と弟の国千代のどちらにするかを決めかねている。そこでいろいろあって、互いに憎み合う伊賀と甲賀の忍者に代理戦争をさせるという滅茶苦茶な方法に決まってしまう。伊賀が勝てば竹千代、甲賀が勝てば国千代を跡取りにする。それぞれの陣営から10人ずつの忍者が選抜され、彼らは詳しい理由も知らないまま、躊躇なく相手を滅ぼしにかかる。このあたりは忍者の性らしい。それでのっけから妖術がぶつかり合う単純な「バトルもの」かと思って読んでいると、一人がこの戦いに疑念を抱き、そこから物語が複雑に絡まっていく。はて、これでどう終わるのかとページを繰ったが、最後はなるほどその手があったか、と膝を打った。すごい。忍者20人分の妖術の取り合わせだけでも面白いし、それにトリックや心理的な駆け引きが加わって、さらに史実とも繋がって、なおかつ官能的となると、いやはや……。天才の仕事とはこういうことかと感動した。

中島らもの系譜を辿るという意味では山田風太郎の先には江戸川乱歩がいるかな、と念頭に置いてはいたが、シェイクスピアを読みたくなっているし、当然この作者のほかの作品も読んでみたい。そこで忍者ごっこをしようと思わないのはぼくが中年の読者だからであって、これを少年時代に読んだら絶対に、即日、忍者少年になっていたと思う。少年というのは、そんなことで鉄棒から落ちて骨を折ったりするのかもしれない。今思えば。

哲人らしいホームランだった。吉村がよく投げた。今年の大西はすごい。猫も官能的な妖術をしばしば使う。