猛烈に『坊っちゃん』について、20240523

編集を5案件分まとめて手放して、請求書も2通送信した。明日の金曜日から休むべく猛烈にデスク・ワークを片付けた。

どうもぼくの身近ではこの”猛烈”が普及し始めているらしい。すこし誇らしい。そいつは”猛烈”を名詞として使った。「いやあ、猛烈してましたわー」みたいな感じである。

猛烈を手元の辞書で引く。精選版日本国語大辞典は〈たいそう激しいさま。物事の程度が甚だしいさま。〉、大辞林には〈勢い・程度などのはなはだしい・こと(さま)。〉、広辞苑だと〈勢いや作用がはげしいこと〉、とある。ちなみに広辞苑の一つ前の項目は『亡霊(もうれい)』だ。猛烈の用例を引くとこれがどれもいい。電子辞書をお持ちの方はぜひご覧になっていただきたい。数が多くて紹介しきれないが、とくに気に入ったのは〈外は猛烈な光で一面に苛苛(いらいら)し始めた〉。これは夏目漱石の『それから』からの引用だ。よほど眩しかったのか。”一面”というのはその場にいたほとんど全員という意味だろうか。あの小説のどのシーンだったか、ちょっと思い出せない。

夏目漱石で思い出したが、こないだ、Xのタイムラインで「漱石の『坊っちゃん』読み終えた! この主人公嫌い! 無理!」といったような投稿が目に留まった。いわく、腕っぷしで紛争を解決したり、二階から飛び降りて怪我をする主人公の性向が「もう感覚的に無理」ということらしい。なんなら赤シャツのほうがよほどまともだという返信欄の盛り上がりであった。これはある意味では正しいと言えるが、残念ながら文学的な意味での読みは浅いと言わざるを得ない。やはり、漱石のようなインテリが、なぜこの単純な勧善懲悪的物語を書いたかには意味があるはずだ(意味がなかったらそれはそれで最高だけど)。この小説が書かれたのは明治39年(1906)、漱石がだいたい40歳の頃だ。時代は日露戦争(1904-1905)終結の直後、とあれば日本全体が近代化に浮かれていたであろうと想像がつく。そしてこの小説の”善”の側の坊っちゃんと山嵐の出自にわかりやすいヒントが隠されている。坊っちゃんは「元は旗本だ」というセリフがあるし、山嵐は会津の出身である。要は大政奉還でつらい目にあった人たち。一方の”悪”の側の赤シャツは帝国大学を出た文学士で、当然、西洋の近代文学にかぶれている。その腰巾着の野だは海景を目の前にして「ターナーの絵みたいですね」なんて抜かすからやはり西洋かぶれ。つまり『坊っちゃん』の基本的な構図は、江戸期以前の日本の価値観と、右に習えの西洋化に浮かれる人々の軽薄さ、とを虚しく対比させた物語なのだ。だとすると、令和に読んでもなかなか皮肉が効いていて、示唆に富んでいる作品だと言えるだろう。この小説の日本人と西洋を、いまの与党とアメリカの関係に置きかえてもそのまま読めるだろうし、自分自身の西洋かぶれに対しても自嘲的に読める。もちろん、坊っちゃんと山嵐的な人物は敗北する。その悲しさがいい。などと書いたが、漱石のことはいくらでもプロが解説しているはずだからこのあたりにしておこう。


ナイト・ゲーム。5連敗だ。ちなみに今シーズンの最長連勝はいくつだったろうかとカレンダーを見返すと4連勝だった。勝ち始めたのはヤフーレがマダックスで勝ってからだ。その期間中、村上は4本ホームランを打っていた。吉村もいいピッチングだった。

ぼくは明日からファームの視察にでる。