なんで書くんですか、と聞かれたから答えてみよう。
高校生のころ、原付バイクで通学しているのが学校にバレて、停学を食らった。たしか2週間だった。学校のほうから来るなと言ってくれるなんて素敵なことだと喜んだのだが、たまたま春休みに入るタイミングだったから、休み期間中は毎日学校に通え、ということになった。なんだそれ、という感じだが、しぶしぶ、この通学型の停学を受け入れた。体育教師なんかを動員して「退学か停学か選べ」などと凄むから、つい反抗心が疼いて「では退学で」と言ったら猛烈に怒られた。意味がわからない。会話というのは難しい。相手が権力や暴力だとなおさら大変だ。学校は社会の縮図である。こういう奴らがある朝、鉄の校門で生徒を挟んでしまうんだ。学校のルールを破ったことは悪いことだった。それは契約違反に違いない。
そしてこの停学期間中に宿題が出たのだ。お前の家でとってる新聞のコラム欄を読んで、その感想を400字で書いてこい、というものだった。アルバイトも忙しいんだけどなあ、と思いつつ、刑に服した。
ところがである。やってみると、これが面白い。春休みのがらんとした教室で僕の監督を務める不幸な(想像力のかけらもない)教師のことを思って、すこしでも読みやすいものにしてやろうとサーヴィスしている自分がいる。そのころの僕はすでに『人間失格』の通過儀礼は受けていたのではないか。それで、太宰的なサーヴィスがきっと念頭にあったのだと思う。
さすがに太宰のように教師を笑わせるほどの結果は得られなかったが、僕の400字の文章を読んでふと担任教師が言った言葉をいまでも覚えている。「なんだ、おまえ、バカじゃなかったのか」。ふん。お前ら教師はもっと自分の考えを疑うべきだ。しかし、だ。祖父母以外の大人に褒められるなんてまずなかった僕には、少し悔しいけどこれが嬉しかった。一つ上の学年の姉は、どういうわけか優等生だった。生徒会とかやる人。卒業式で伴奏のピアノを弾く人。スポーツも得意。みんなに褒められる。対照的に僕はといえば、それなりに劣等感を持っていた。
また話が長くなった。面倒になってきたから一気にまとめよう。それからというもの新聞が好きだ。各紙のコラムニストを尊敬する。文学はもちろんずっと好き。太宰から始まって、ほかの作家の本も読むようになった。書いているときは集中できて、いい。生きる意味。抗コンプレックス。自己治癒。趣味。説明になったのだろうか。
昼間は、仕事を片付けて、靴を磨いて、F1のテストを横目で確認。
夜は走った。ベア・フット・シューズで20キロのスロー・ジョグ。交通に気を使うのが億劫で丘の上のアップダウンの周回路へ。10週ぐらい走って、飽きて、結局は道へ出た。
今週の走行距離は80キロになった。持久力を鍛えるには距離を走るしかない。いいトレーニングができている。バモス!



