酒断ちの心、20240128

昼過ぎ、家の近くにオープンしたばかりのベーカリーまで歩いた。ところが日曜日は休みだった。もう食材がなにもない。昨夜は登山用の保存食に手をつけたぐらいだ。駅前の京王ストアまで坂を登る気力はなかった。そのまま家に帰った。

夕方、マクドナルドのデリバリーを頼んだ。アプリの画面で家に近づいてくるバイクを追った。愉快である。角を一つ間違えてやってきた。30分で食事にありついた。

夜の10時を過ぎて、ようやく調子が出てきた。読みたい本に作句の締め切り、やりたいことは山ほどあったのだが、この土日は取るもの手につかず。すべてが金曜の夜の酒のせいだとは思わない。それは要因の一つであって、ほかには不可抗力があったりするのだ。さすがにこの年齢になるとわかっている。ひどくだらけても、そこまで自己嫌悪に陥らないから助かる。

そうだとしても、断酒に惹かれている自分に困る。ベッドに横になって天井を見つめながら、酒の甘美を真剣に考えた。どう考えたってうまい。以前、断酒を試した時は何ヶ月つづいたか。日記を見返せば正確にわかるが、たしか半年以上だった。

いいことを思いついた。神仏への祈願としての断酒をやってみてはどうか。物断ちというやつである。僕の場合はそれが酒。酒断ち、といったほうがこの場合はしっくりくる。願掛けのための酒断ち。どこまでも利己的で功利的。なにか願い事を考えなくてはいけないが、それは先延ばしにして、とりあえず酒断ちから始める。

ということで、今日は酒断ち2日目である。