1995年は、ひとつの画期として語られることが多い。阪神大震災、地下鉄サリン事件、Windows95の発売などがあった。今日の取材対象者は、阪神大震災の時に高校生だった、と語った。なるほど、これから大人になっていく時期に95年を生きていたら、何を感じただろうか、と想像した。僕は震災のとき、小学校2年生で、千葉に暮らしていたのだが、その学年の1学期までは兵庫県の宝塚市の学校に通っていた。夏休みまでは一緒に遊んだ友達が被災したという事実は、子どもながらに重大なことに感じた。なにしろテレビの映像が悲惨だった。仕事をしながらも、つい物思いに耽ってしまった。
17時ごろ帰宅して、そのあとで食事や仕事を済ませたのだが、ずいぶんだらだらとやってしまった。ようやく落ち着いたのは23時過ぎ。ひとまず風呂で『飛ぶ教室』を読む。
今夜は光文社古典新訳文庫の丘沢静也訳を読んだ。本文も、訳者あとがきも、素敵な文章だった。
なぜ急に『飛ぶ教室』かというと、何日か前の東京新聞のコラムにこの作品が出てきて、ふと思い立ったのだ。
2時半だった。ねこじゃらしを振ったら、猫がミサイルみたいに飛んできた。
