20センチュリー・ウーマン、少年期の哀れ、20231120

昼過ぎからマイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』を観た。

この作品もいい。70年代後半、若者たちがパンクを聴いた時代のカリフォルニアの郊外が舞台だ。物語の中心をなすのは離婚した55歳の母とその15歳の息子の感情のすれ違い。同じ場所で暮らしていても、年老いてゆく母と、これから大人になる息子の思考は相容れない。母は戦争の貧しさを経験として知っていて、一方の息子はやってくる消費社会のなかをいままさに大人になろうとしている。そんな時代性が丁寧に描かれているのは、この映画が70年代に少年期を過ごしたマイク・ミルズ本人の半自伝的物語だからだ。

母子の家は二人の下宿人を住まわせている。一人は時代遅れのヒッピーのおじさんで、彼は日々を汗と油にまみれて、形あるものを愛している。もう一人はパンクやニューウェイブ好きのいまどきの女性で、こちらは自分の感情を表現することを重要視している。さらに、隣人で少年の幼馴染である二つ年上の少女が昼も夜も入り浸っている。彼女は少年より一足先に大人になっているが、病的でどこか世の中に対して無感動なところがある。これらの登場人物がそれぞれの立場から語りかける言葉のひとつひとつが鋭くて心地いい。

そして、まだ子供である少年は二人のお姉さんにきつく試される。その関係はあまりにも哀れで苦しい。映画で味わうくらいがちょうどいい。現実ではごめんだ。

夕方から机に向かって仕事にかかった。

21時過ぎ、ビールを2本飲んだあとだったが、カメラを下げて散歩に出かけた。11月は辛抱して脚の回復に努める。歩くのもリカバリーのためだ。1時間歩きたかったのだが、小便をしたくなってしまい40分で帰ってきた。運動前にビールを飲んだのがいけなかった。それでも身体は温まっていいウォーキングにはなった。