6時間ほど寝て、5時に起きた。体調はよさそうだった。
身支度を整えてから、机に向かって日記をつける。昨日の夜にK君から激励のメールが届いていたから返信する。がんばれと言われることがとても力になる。
7時ごろ、コンビニで朝食を買う。プロテインドリンクと梅のおにぎりを一つ食べる。
8時に仙台駅西口の宿を出て、会場まで徒歩で向かう。荷物を預けて、Kブロックのスタート地点に着く。定刻通り、9時10分にレースはスタートした。
結果は4時間29分31秒。約1万1千人が走って、3010位。目標としていた4時間13分には16分及ばなかった。
最後方ブロックからのスタートだったことが悔やまれる。これは初マラソンゆえ勝手がわからず、エントリーのときに予想タイムを低く見積もって5時間半で申し込んだからだ。目標とする4時間前後のスタート・ブロックはずっと前方にあり、その集団に追いつくために体力を使うことになった。なにしろ10キロ地点までは渋滞の中を1キロあたり6分30秒のスロー・ペースで走ることになってしまった。
ようやく混雑が解消されたきた10キロ過ぎからは、遅れを取り戻すために飛ばした。30キロ地点までの20キロを1キロあたり5分45秒で走った。これは明らかに現状の実力以上のペースだった。ゴールまで体力が持つか、まったくわからなかったが、どうせならリスクを取りたかった。
30キロ過ぎからはやはりペースが落ち始めた。右の脚と両腕が完全に固くなってしまった。残りの10キロが途方もないことに思えた。ここまで何千も順位を上げてきたが、抜かされることのほうが多くなった。
ついに38キロ地点からは1キロ歩いて、残り3キロから再び走った。もう完全に脚はもつれていた。一歩一歩、脚を前に出すことと、呼吸のリズムに集中しているのだが、たびたび転びそうになる。
コースの脇では、仰向けに寝かされ、アルミシートと毛布に包まれ、ドクターランナー(医師免許保有のランナー)の処置を受けている人がいた。座り込んでいるランナーだって何人もいた。なんとか脚を動かしながらも、100メートル先でリタイアする自分を鮮明に想像できた。
最後のコーナーを曲がって、200メートル先にゴールが見えた。そこでようやく完走を確信した。なんとかゴールはできた。本当に長かった。つらかったが、達成感はとても大きい。
宿に帰って、熱い風呂に入って、汗で塩まみれになった身体を洗い流した。冷たいシャワーを脚にたっぷりとかけた。マラソンを完走した実感が少しずつ湧いてくる。タイムはいまいちだが、完走できてよかった。
17時、夕飯を食べに街へ出た。歩くだけでもたいへんだったが、とにかくビールを飲みたかった。
適当に入った居酒屋が当たりだった。牛タンと合わせるビールや日本酒のなんと美味いことか。歳時記を開いて俳句を読みながら、ゆっくりと食事を楽しんだ。日本シリーズはすでにプレイ・ボールを過ぎていたが、そんなことはどうでもよかった。酒と食事を身体に吸収させることがなにより必要なことだった。
