漏水事故は疲れる。ほとほと疲れた。
漏水の原因に対しては、昨日のうちに管理会社の設備担当がすでに手を打ったと思い込んでいた。それが今日の夜帰宅しても、水は変わらずに落ちていた。
状況を確認するために管理会社に電話すると、4階の住人と連絡がつかなかったから原因への対応が出来ていないと言う。これではなにもしていないも同然だ。さすがに腹が立って僕の語気は荒くなった。
電話の相手はすぐに確認して折り返すと言った。次の電話で担当者は、昨日はウチの会社の人間が対応したが、今回は外部の専門性の高い業者を手配した。1時間後には到着する、と言った。やればできるじゃないか。しかし僕は、その電話の前に原因を突き止めて、水を止めた。4階の当の部屋の水道メーターのパネルを開けて、水が漏れているパイプの元栓を捻っただけだ。それで漏れが止まった。そのことを伝えた。すると相手は、4階の住人には取り急ぎ栓を開けないように伝えておく、対応が遅れて本当に申し訳なかった、と言った。僕は、いくぶんおざなりではあったと思うが、謝辞を伝えて電話を切った。それから、業者を待つ間に仕事をいくつか片付けた。
なんでこんなに簡単なことを、昨日の管理会社の設備担当は対応できなかったのか。僕は4階に上がって、共有部の廊下の水溜りの先を辿って、それらしい栓を捻っただけなのだ。それだけではない。彼が僕の部屋に応急処置で作った養生シートの漏斗も、水漏れの箇所が広がって、2時間後には意味をなさなくなった。水をバケツに誘導するためには僕がひと手間加える必要があった。それにこのバケツが僕の私物で、洋服を手洗いするためのものだということにも腹が立つ。結果だけ見れば、彼はなにもできていない。どう見てもプロの仕事とは思えなかった。
しかし、彼ひとりを責めるのはフェアではない。おそらく彼はなにをすればいいかわからなかった。たまたま、トラブル対応の現場に派遣された不運な男だ。たまたま、その状況に対して不慣れだった。たまたま、そのことに対して能力が足りなかった。複雑に分業化された社会の仕組みの中で、彼は突発的に、一人で取り残されてしまった。僕にだって、仕事をしていればそういう状況にとつぜん置かれることがある。そんなとき、誰も助けてくれないものだ。
僕が昨日最初に漏水を報告したときに応対した女性は設備の部署に連絡し、その後、設備の部署の男性が電話をかけてきて、担当者をすぐに派遣すると言った。やってきた担当者は、言われた通りに僕の部屋に応急処置を施した。みんなが仕事をしている。しかし、漏水は、水漏れの源を止めなければいけない。組織の仕事の受け渡しの過程で仕事の目的がボヤけてしまったのではないか。
まず水を止めるべきだったのだ。原因がわからなければ、わかる人間を探すべきだったのだ。誰かの部屋の中で漏れている可能性があるのであれば、なんとかしてその部屋の中へアプローチするべきだったのだ。水はだれにも止められず、漏れ続けていた。
僕は当然そのあたりのことはやってくれているものだと思い込んでしまった。なんとも楽観的で人任せな態度だ。コンクリートに染み込んだ水も、バケツの水を何度か捨てるうちに、すぐに枯れるだろう、と。まさかずっと水が漏れ続けているとは思っていなかった。その時点で、僕も含めて、だれもこの問題に向き合っていなかったのだ。
事態がややこしくなるときには不運も付きまとう。3階の住民がちょうどこの漏水事故の間、家を留守にしていた。今夜帰ってきた3階の住民は、玄関とトイレが水浸しになって、家財にも被害があったと、今日対応してくれた専門の業者が教えてくれた。
ここまで情報が集まって、今回の事故の構図がだいたいわかった。妙にすっきりした。顛末はこうだ。
僕は4階が空き部屋だと思っていた。それがそうではなかった。話によると、鍵の受け渡しが終わった新しい契約者がいるとのことだ。この新しい入居者が、漏水を報せるための管理会社からの再三の電話に応答しなかった(きっとろくなやつじゃない)。その入居者はまだ引っ越し前ではあるが、このマンションにやってきて、水道の栓を開いた。そしてなんらかの理由で水漏れが始まった。配管の取り回しが、一見しただけで雑なのだと、業者は言った。ひとまず設計段階なり施工段階で配管に脆弱性があったとする。そして4階から漏れた水は、まだ住人が生活を始めていないから、誰にも気づかれないまま漏れ続けた。これも一つの不運。
そして水は3階の部屋の玄関に漏れた。しかし、この部屋も、たまたま住人が留守にしていた。そのあいだに水は溜まり、僕の部屋のある2階まで落ちてきた。この時点までだれも漏水に気づかなかった。そして僕が通報して管理会社の知るところになった。設備の担当者がやってきて、僕の部屋を養生した。しかし、原因は調べることもなく、帰っていった。ここまでが昨日のこと。
僕は管理会社が水を止めたと信じて、今日も仕事に出掛けた。
帰ると事態はなにも変わらないどころか、悪くなっていた。再度管理会社に電話し、今度は専門の業者が来ることになった。
痺れを切らした僕が、原因を突き止め、水の栓を止めた。専門の業者がやってきて、今度は的確な処置を僕の部屋に施した。3階の住人が帰宅し、部屋が水浸しになっていることに気づいた。業者は3階の部屋にも急遽対応した。
これで天井から落ちる水の勢いが明らかに弱くなった。
深夜になって僕の部屋の水漏れはようやくなくなった。僕は見苦しい養生シートの漏斗を破り捨てた。(明日がちょうどゴミの日だった)
推測も含まれるが、だいたいこんなところだろう。
やれやれ、まったく。さすがにストレスがかかった。頭が痛む。ビールが美味くない。今夜は走りたかった。そんな時間はなくなった。
結局のところ、僕はこの社会を憂いているのだ。権力者たちの収奪に、誰もが疲弊しきっている。ふつうの人が、ぎりぎりのところで踏ん張って、なんとか必死で今日を生きている。思考力は徐々に低下し、スキルを持った人たちは失われていき、いたるところでミスが起こり、街には怒りっぽい人が増えて、つまらないことで非難しあって、価値観の分断が進み、人を騙してでも権力者の側にのしあがろうとする奴がいて、もちろん殺人をする輩もいて、事故や争いが絶えない。僕や不動産会社の何人かの担当者や顔も知らない階上の住人は、その社会でこうしてもがいているのだ、と。これからも、この手の災厄は増えていくような気がしてしまうのだ。