僕は小学生の頃からのF1ファンなのだが、ここ数年はあまり熱心にレースを見ていなかった。自宅にテレビがない生活を何年も続けているうちに、週末の観戦習慣がすっかりなくなってしまった。F1マシンの魅力が薄れたことも大きな理由だと思う。レギュレーションの変更でエンジンは小さくなり、失われた馬力を複雑なエネルギー回生システムで補うようになった。それに空力パーツは年々不格好になっていった。
それが、野球観戦のために契約しているDAZNがF1レースの生配信を始めたことで、グランプリを観て過ごす週末が少しづつ増えてきた。昨年はほとんどのグランプリを観たが、途中で眠ってしまったことも何度かあったし(F1のレースは日本時間では深夜の開催がほとんどなのだ)、特定の贔屓のドライバーが決まっていなかったこともあり、ただなんとなく観ている、といった感じだった。アロンソ、ライコネン、ハミルトン、ベッテル、リカルド、ボッタス、ペレス──このあたりのドライバーは、ベテランだから僕もよく知っているのだが、20代の若いドライバーはほとんど知らなかった。それでも昨年の最終戦のハミルトンとフェルスタッペンのチャンピオンシップ争いは見応えがあった。レース・ディレクターの判断が論議を呼びおこしたとはいえ、最終戦の最終ラップに、先頭を走る2台のコース上でのバトルで年間王者が決まるとは、すごいドラマだった。それを観ていた僕は完全に痺れてしまって、熱心なF1ファンに戻ることになったのだった。
それでまずは贔屓のドライバーを決めることにした。ライコネンをデビュー当初から応援していたのが、彼は昨年で引退してしまった。せっかくだから若いドライバーのことを勉強することにした。そこで大いに役に立ったのがネットフリックス制作のF1番組だった。しばらく離れているあいだに、F1のプロモーション手法もずいぶん変わったみたいだ。この番組は、二項対立の図式を物語の核に置くという徹底した方針が感じられる。そこまでやるかとつい苦笑してしまうことも多い。僕のような古いレース・ファンは、演出などなくても、レーシングの中にドラマを感じとるものだけど、新規のファンを開拓するためにはこんな手法も必要か。実際、いまアメリカではF1が大人気らしい。ぼくの知っているあの頃のF1は、あくまでもヨーロッパ人によるヨーロッパ人のための興行だった。F1がアメリカのメディア企業の資本に買われたというニュースは知っていたけど、その劇的な変化に驚く。
いずれにしても、(多少の台本はあるにせよ)ヘルメットを脱いだドライバーの密着取材映像は貴重である。
結局、僕はカルロス・サインツのファンになった。フェラーリ・ドライバーのスペイン人である。番組の中で彼が、チームメイトのルクレールとモナコの市街地をオープンカー走らせながら喋っているシーンを見て、なんだか実直で人が良さそうな気がしたのだ。ちなみにルクレールはモナコ出身のドライバーである。彼がサインツに「ここが僕の通った小学校だよ」なんて言っていたのだが、僕にはモナコの小学生というものが、全く想像できなかった。それはさておき、サインツが気に入った。2022年シーズンからは彼とフェラーリを応援する。
そして開幕戦。サインツは予選で3番手タイム。チームメイトのルクレールはポール・ポジション。2番手は前年王者のフェルスタッペン。大幅にレギュレーションの変わった今季は各チームの競争力が予想しづらい。予選セッションを終えて、そこでようやく各チームの戦力を判断できる。なんとフェラーリは速かったのだ。昨年までは最前列が定位置だったメルセデスはどうも元気がないらしい。マシンの基本設計を間違えたみたいだ。
決勝レースの1コーナー。先頭グループは無難に切り抜けた。サインツは3位で粘り強い走り。だが前を追うほどの速さはなかった。見どころはなんと言ってもルクレールとフェルスタッペンの第2スティント序盤の3周に渡るバトル。ルクレールが前年王者を手玉に取る走り。クロスラインで順位を奪い返す動きは華麗だった。ブレーキをロックさせて乱れたのはフェルスタッペン。その後、フェルスタッペンがマシン・トラブルでリタイヤし、サインツは2位フィニッシュ。開幕戦でフェラーリがワン・ツー達成。フェラーリ・ファンになったばかりの僕にとっては出来過ぎの結果である。
真剣に見るとF1はやっぱり面白い。